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2008年07月26日

とおっちょ(通町)

この町は一丁目から十丁目まてある長~い町なんですよね。
その先に通外町(とおりほかまち)、通東町と続いてる凄い
町だと思いますよ。

終戦のころの六丁目って閉店してる店が沢山ありましたねぇ。
畳屋さん、金物屋さん、お医者さん、祭りの夜店屋さん、郵便
局、釣り具屋さんが営業してましたね。
え~っと他にどんな店があったかな?
陶器屋さんは店を閉めてました。

憲兵隊跡には孤児院「聖母園」だったかな?

当時の店名入り地図ってないものですかねぇ。

  


Posted by お気楽じぃ~ at 11:14Comments(0)

2008年07月24日

裏路

通町(とおっちょ)六丁目




北側の裏路です。
東側から西向きに写してます。
最近の写真で昔とはだいぶ景色が代わってますね。

左手前が祖父の米屋が有ったところ、
右手前のフェンスのところが憲兵隊が有ったところです。

子供のころこの路地でよく遊んでいました。
夏はバッチン
冬はラムネん玉でした。

あのころの人はどこでどうしておられるだろうか?


  


Posted by お気楽じぃ~ at 14:34Comments(1)

2008年07月24日

お盆が近ずくころ





歳のせいかこのころになるとご先祖のことが想い出される。
一時期、一族が通町(とおっちょ)ん六丁目に住んでたころ
があった。
私の祖父が築いた財産を息子兄弟が分け合いそこに住んで
たって訳だ。
祖父は苦労して一軒の家で米をはじめ日用品の店を憲兵隊
の裏に持っていたが後に陶器店を始める。

このころは何かと一族がよく集まっていたらしい。
いろんな人が写った写真が残っている。

祖父の子の一人は共同で六つ門に九州で初めてのスーパー
を開いていた。

初めてといえば私の母は三本松公園の近くで洋髪の美容院
を久留米で初めて開いていた。
旭館(映画館)の裏だと聞いている。
そのころの遺品が何点か残っている。
母は苧扱川の醤油屋の娘だった。



  


Posted by お気楽じぃ~ at 10:11Comments(0)

2008年07月23日

静かな団地

ブーケンビレア




山裾を切り開いてつくられたこの団地も造成後かれ
これ35年ほど経過してます。
入居当時は小さな子供たちの歓声が響き渡ってまし
た。

今ではこの団地も過疎化寸前です。
山裾ですから行きは下り坂でも、戻りは荷物を持って
上り坂をえっちらこっちら。
高齢者には耐えられず、平地の街中へ引っ越して行
きます。

こうして子供も高齢者も少なくなった団地は一日中静
かなんです。
過疎化は農村だけの問題ではないんです。
  


Posted by お気楽じぃ~ at 16:10Comments(1)

2008年07月22日

落花生の花




きれいな花なんですけどね。
1cm 弱の小さな花なので見落としておられる方も
多いでしょうね。
  


Posted by お気楽じぃ~ at 07:03Comments(1)

2008年07月21日

なるがなるままに

里芋の花




外に出ると挨拶は「暑いですねぇ」。
暑さはこれからまだまだ続くと言うのにね。

歳をとると日中は家の中に閉じ籠もりが一番ですわ。


  


Posted by お気楽じぃ~ at 15:58Comments(1)